ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」

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プログラミング教育の目標はプログラミングを学びながらプログラミング思考を身につけることである。 – 教科「情報」迷走の轍をふまないために

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西暦2000年の政府の「ミレニアムプロジェクト」の「教育の情報化」を受けて新しい学習指導要領で高等学校に教科「情報」が導入されようとしたとき、しきりに「教科『情報』はコンピュータを教えるものではない」という声があった。情報はコンピュータやインターネットを通じてだけで流通するものではないから、テレビやラジオ、新聞などのメディアを総体として取り上げるべきだ、というのである。また「情報」はコミュニケーションであり表現活動であるから、プレゼンテーションやディベートなどを取り上げるべきだ、とか情報モラルこそ重要だと声高に騒がれ「相手の気持ちになってメールを書きましょう」といった道徳のような授業が行われるといった迷走が長く続いた。

当時から俺の考えはこうだ。もしテレビやラジオ、新聞のようなメディア一般を学ぶ必要があるなら、それは1960年代に行うべきだった。21世紀に情報教育を行うなら、それは紛うことなく「コンピュータとインターネット」を正面から取り上げるべきである。しかしようやく、教科「情報」が実施された2003年からから15年を経て「プログラミング教育」が日の目を浴びることになった。感無量である。

だが、ここにきてまた本質から目を背けようとする意見を目にするようになる。「プログラミング教育はプログラミングを学ぶものではない」といった論調だ。いったいこれは何だろう。プログラミングを学ばずに何をどうしようと言うのだろう。他の教科でこの意見をまねてみればおかしなことがすぐわかる。「数学教育は数学を学ぶものではない」「英語教育は英語を学ぶものではない」「国語教育は国語を学ぶものではない」と。これらの意見は空論である。

もう少しひねった言い方では、こんなものもある。「プログラミング教育はプログラミングを学ぶのではなくプログラミング的思考を養うものである。」と。だがこれも意味がない。プログラミングをせずにプログラミング的思考が身につくはずがない。計算せずに数学的思考を養うことはできないし、文章を読んだり書いたりせずに国語的思考を養うことはできない。

なぜこのようにプログラミングを斜めからしか見ない意見が出てくるかといえば、それは教科「情報」が始まったときにコンピュータやインターネットから目を背けようとした流れと同じである。つまりプログラミング教育を含めた広い意味での日本の情報教育について主導権をとろうとしている学者や有識者の多くがプログラミングを知らないからだ。また現場の教員もプログラミングの知識や技術がなく、教育行政も教員のプログラミング力の底上げ責任を放棄して教員の自主性にまかせているだけだからだ。

そもそも、なぜプログラミング教育が必要なのか。それは現代の高度情報通信社会においてプログラミングは価値を生むものだからだ。プログラミングによって新しい価値を生み、私たちの社会は豊かになる。狭い意味では国際競争力をつけて日本が発展し続けるためであり、普遍的には世界の人々がより豊かになるための知識や技術であるからだ。だからプログラミング教育が必要なのだ。したがって、もし仮にこのようなことがあり得るとして、プログラミング的思考が身に着いたが実際のプログラミングができない、といった教育をしても意味がない。

誰もがプログラマーになるわけではない、という意見もあるが、しかし誰もが数学者になるわけではなく翻訳者になるわけではないが、数学や英語は必修科目である。考えてみよう。30年前にパソコンがこれだけ社会に広く普及することを想像できただろうか。30年前、俺が中学生だったころはパソコンは物好きのおもちゃだった。25年前、俺が就職したころは学校にパソコンが導入されはじめたころで、表計算ソフトを使うことが特殊技能だった。20年前、パソコン通信をやるのは一部のマニアであり、パソコンをインターネットにつなぐのは素人にはできなかった。15年前にはWi-Fiやルーターの設置などは一般の人には見当もつかない作業だっただろう。10年前には表計算ソフトで簡単なマクロを作って自動処理することくらいは普通の事務処理になった。今はどうだ。パソコンは使えません、表計算ソフトはわかりません、コンピュータをインターネットにどうやってつなぐのですか、などでは仕事にならないだろう。

現代プログラミングを知らない人間がアルゴリズムを語ると、たいて流れ図を使った構造化プログラミングの説明で終わってしまう。つまり、順次構造、反復構造、条件分岐、である。もちろんこれはプログラミング的思考の基礎ではあるが、たとえて言えば数学で加減乗除を教える程度のことである。現代プログラミングにおいては「オブジェクト指向」や「イベントドリブン」を理解しなければ話にならない。今後はクラウドコンピューティングの革命により「サーバーレス」と「関数型言語」、そして「データドリブン」の考え方が必要になる。

小学校の教員を中心に、草の根的にプログラミング教育の実践が積み上げられていること、それも急速にすすんでいることが救いである。これら実践を重ねている先生方は日本のプログラミング教育の希望の星といえる。子どもたちが目を輝かし、楽しみながらプログラミング経験を積み重ねている。高等学校の教員は、この子供たちが数年後に高等学校へ進学したときに、どのようなプログラミング教育をしなければならないのか、今から考え実践を始めなければならない。「プログラミングを教えるのではない」などという甘言に弄されずに。

2018年1月11日

松本 吉生(まつもとよしお)
Microsoft MVP Data Platform

1961年京都に生まれ、神戸で幼少期を過ごす。大学で応用化学を学んだのち、理科教諭として高等学校に勤務する。教育の情報化が進む中で校内ネットワークの構築運用に従事し、兵庫県立明石高等学校で文部科学省の「光ファイバー網による学校ネットワーク活用方法研究開発事業」に携わる。兵庫県立西宮香風高等学校では多部制単位制の複雑な教育システムを管理する学籍管理データベースシステムをSQL ServerとInfoPath、AccessなどのOfficeソフトウエアによるOBA開発で構築・運用する。現在は兵庫県立神戸工業高等学校でC#プログラミング、IoTなどのコンピュータ教育を行う。2004年からマイクロソフトMVP(Microsoft Most Valuable Professional)を受賞し、現在14回目の連続受賞。2016年にマイクロソフト認定教育者(Microsoft Innovative Educator Experts : MIEE)を受賞し、現在3回目の連続受賞。

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