ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」

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Archive for 9月 2018

Micro:bit コンパチブルの教育用マイコンボード Chibi:bit のファームウエアを元に戻す

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Chibi:bit の新しいファームウエアが MBED で提供されていることを知りインストールした。しかしインストールすると Chibi:bit は今までと違う挙動をするようになった。それは、作ったプログラムを .hex ファイルとして送り込んだとき、Chibi:bit が再起動するが、そのまま稼働しなくなったのだ。

P1950900_chibibit_microbit_mid_640_480.jpg

それまではコンピュータに Chibi:bit を接続するとフォルダが開き、そこに .hex ファイルをコピーすると Chibi:bit はファイルを取り込んで自動的に再起動し、稼働始めるものだったが、新しいファームウエアでは Chibi:bit がファイルを取り込んで再起動するのだが、再起動してもコードが動かない。

これでは使い勝手が良くないので、ファームウエアを元に戻すことにした。ところが最初のファームウエアは取り出して保存していなかったので、別の Chibi:bit から取り出すことにした。Chibi:bit のリセットボタンを押したままコンピュータに接続し、ISP モードにする。するとファームウエアのファイルが見える。firmware.bin ファイルだ。

Chibibit_CRP_DISABLD_mid_640

この firmware.bin ファイルをコンピュータに取り出し、再びファームウエアを書き換えた Chibi:bit を接続してファームウエアを元に戻す。

ファームウエアを元に戻すと、購入時のように自動的に再起動してプログラムが走るようになった。

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Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月29日 at 7:43 PM

Micro:bit コンパチブルの教育用マイコンボード Chibi:bit のファームウエアを書き換える

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スイッチサイエンス社は魅力的なマイコンボード関連のデバイスを提供する日本の会社で、英BBCの Miucro:bit もいち早く取り扱いを始めた。しかしオリジナルの英BBC Micro:bit が搭載する Bluetooth モジュールは日本の技術基準適合証明、いわゆる「技適」の認証を受けておらず、国内での使用は電波法違反となる。そこでスイッチサイエンス社は Micro:bit 互換のマイコンボードを Chibi:bit の名前で初内している。これは日本の技適認証を受けており国内で問題なく使える。

P1950898_mid_640_480_microbit_chibibitP1950893_mid_640_480_microbit_chibibit

この Chibi:bit だが、コンパイルした .hex ファイルを入れてもエラーコードを出すようになり、調べたところファームウエアが提供されていることがわかった。スイッチサイエンス社のページに説明がある。

http://trac.switch-science.com/wiki/firmware-chibibit

Microbit_Chibibit_FirmwareUpdate_mid_640_480.png

ファームウエアのダウンロードリンク先は os.mbed.com だ。確かに Chibibit 本体にも mbed Enabled の表示がある。

https://os.mbed.com/teams/Switch-Science/wiki/Firmware-chibibit

このページを読むと、ファームウエアを書き換えるには Chibi:bit 本体を ISP モードにしてコンピュータに接続するとある。Chibi:bit を ISP モードにするには、本体のリセットスイッチを押しながらコンピュータに USB 接続する。すると Chibi:bit は CRP DISABLD の名前のデバイスとして認識される。

Chibibit_CRP_DISABLD_mid_640.png

そして Chibi:bit の CRP DISABLD ドライブの中には firmware.bin のファイルがある。これを削除し、ダウンロードした新しいファームウエアをコピーすればいい。

今回ダウンロードしたファームウエアは lpc11u35_ssci_chibi_if_crc_20160929.bin だった。ところがこのファームウエアに交換したところ、Chibi:bit に .hex ファイルをコピーし再起動したときに通常動作せず、いちど本体をコンピュータから取り出して USB を接続しなおすか、本体のリセットスイッチを押さなければならなくなった。

これは実習にひと手間かかる。

 

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月27日 at 5:49 PM

カテゴリー: Chibi:bit, IoT, Micro:bit, 情報教育

資本主義社会の終焉と情報主義社会あるいはデータ主義社会の到来 – 電子マネーが社会を変える(6) – 資本主義社会の欠点である金融恐慌がなくなる

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念のため筆者は経済学者でもなく、銀行や証券会社、政府機関に勤めた経験もなく、単にこの社会を 50年余り生きてきた一市民として考察していることをあらかじめ断っておく。識者からすればまったく的外れなことを書いていると思われるかもしれないが、大きな時代の変革期に、社会がどう変わっていくのかを考えることは誰にとっても意味があることだろう。

資本主義社会の大きな欠点に景気変動あるいは景気循環がある。資本がそれぞれの意思で生産力を拡大するため、生産と消費のバランスが崩れるのだ。景気が良いときは資本は生産力をあげようとするため、地価や株価が上がる。経済はインフレ傾向を示す。景気が悪くなると資本は生産を縮小しようとし、地価や株価は下がる。過剰生産により物の値段は下がり経済はデフレ傾向を示す。このとき、地価や株価の値段が下がりすぎると、それらを担保とする借金の信用が失われ、金融不安がおこる。

昭和2年、1927年におこった昭和金融恐慌は、第一次世界大戦後の戦時特需の反動と大正12年、1923年におこった関東大震災が遠因であるとされている。昭和恐慌の引き金になったのは、衆議院予算委員会における大蔵大臣片岡直温の、東京渡辺銀行が破綻した、との失言であったと言われる。実際に東京渡辺銀行は資金繰りに困っていたようだが、他銀行から融資を受けられる約束もでき破綻は回避できるはずだった。しかし大蔵大臣の発言に不安を感じた預金者が預金を引き出そうと銀行に押し寄せる「取り付け騒ぎ」がおこる。そのため結果的に東京渡辺銀行は休業を宣言し、経営破綻した。「取り付け騒ぎ」は他銀行にも広範囲に及び、金融不安が広がった。

金融恐慌は資本主義の景気変動あるいは景気循環に原因があるが、直接の引き金になるのは現金というシステムが持っている問題もある。現金は人の資産を仮想的に量るものだといえるが、それが銀行に預けらえれていると銀行の信用が失われたときに、手元に置いておこうという心理が働いて「取り付け騒ぎ」がおこる。預けたままでは返してもらえなくなるかもしれないが手元にあれば安心だと思うのだ。しかし実際は現金は単なる紙切れであり金属の塊であって、それが普遍的な価値を持っていると思われるのは国家に対する信頼が裏付けにある社会の共同幻想である。

現金が社会からなくなり全てが電子マネーで決算される時代になると、たとえ信用不安がおこっても手元に現金を蓄える手段がなくなる。金融恐慌時にむやみに紙幣を印刷することは制御できないインフレを招く危険があるからだが、電子マネーならその心配はない。紙幣を印刷して配ってしまえば、いったいどこにどれだけの紙幣が蓄えれれているのか国家は正確には把握できなくなるが、電子マネーならコントロールができ、どんな景気後退局面でも自由に増やすことができる。

この社会から現金がなくなり電子マネーの時代になれば、金融恐慌はなくなるだろう。だが金融コントロールが完全にできる時代になれば、次は産業構造の積極的なコントロールが必要になるだろう。このことはまた後に考えてみよう。

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月26日 at 9:32 PM

Micro:bit によるプログラミング実習 – Chibi:bit の panic code または sad face

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スイッチサイエンス社が作った Micro:bit 互換の Chibi:bit で実習をしているが不具合が出るようになった。Microsoft の MakeCode のブロックエディターでコンパイルした .hex ファイルが動かないのだ。そして Chibi:bit 本体には通称 sad face と呼ばれるエラーマークとエラーコードが表示される。

P1950889_mid_640_480P1950888_mid_640_480P1950887_edit_640_480P1950886_edit_640_480

この表示からはエラーコード 050 だとわかる。Micro:bit のエラーコードについては、Microbit.org に記述がある。

https://microbit.org/guide/hardware/error-codes/

Microbit_Error_Code_mid_640_480

しかしここには2桁のエラーコードのいくつかについてしか記述がない。仮に 50 だとすると An error occurred with the micro:bit’s accelerometer component.  であり加速度センサのエラーだ。しかしプログラムは加速度センサを使っていない、LEDの表示を切り替えるだけのシンプルなコードだ。

ページ内のリンクに Check out our Knowledgebase article for additional information about micro:bit errors. がある。これは support.microbit.org にリンクしている。

https://support.microbit.org/support/solutions/articles/19000016969-what-does-the-number-after-the-sad-face-micro-bit-mean-

Microbit_Error_Code_2_mid_640_480.png

ここを見ると、050 エラーは Javascript Blocks Editor に関係があるようだ。確かにエラーが出る以前にブロックエディターからダウンロードした .hex ファイルは問題なく Chibi:bit にコピーして正しく動作する。だから Javascript Blocks Editor のコンパイラに何らかの問題があるような気がする。

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月20日 at 5:08 PM

カテゴリー: Chibi:bit, IoT, Micro:bit, 情報教育

資本主義社会の終焉と情報主義社会あるいはデータ主義社会の到来 – 電子マネーが社会を変える(5) – 国家が経済を完全にコントロールできる時代になる

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念のため筆者は経済学者でもなく、銀行や証券会社、政府機関に勤めた経験もなく、単にこの社会を 50年余り生きてきた一市民として考察していることをあらかじめ断っておく。識者からすればまったく的外れなことを書いていると思われるかもしれないが、大きな時代の変革期に、社会がどう変わっていくのかを考えることは誰にとっても意味があることだろう。

いまのところ電子マネーは各企業、たとえばイオングループやセブン&アイホールディングスなどが独自に実施している。考えてみれば、政府はよくこのような独自通貨のようなものを許可したものだと思う。商品券や特定の商店街だけで通用する共通商品券など通貨「的」なものに対しては一定の規制があるはずだからだ。

おそらく政府はいずれ電子マネーを完全にコントロールしようとするだろう。その最先端が中国だ。日本でも急激に Alipay を使える店が増えていることに気づくだろう。Alipay は支付宝銭包で、その母体はアリババグループのようだ。

国家が国家として機能することとして、独自通貨の発行がある。その国の通貨はその国の経済の実態を背景にして信頼を受ける。通貨を発行することは国家の基本的な機能である。しかし現在の通貨は、それが紙幣や硬貨という形であるかぎりにおいて、発行した後は国家の管理下を完全に離れることになる。いったい誰がどれだけ通貨を持っているか、国家は把握できない。誰から誰に通貨が手渡されたかもわからない。しかし国家は通貨の流通を把握しなければならない。

いったいどれだけの手間が通貨の流通把握に使われているか想像してみればいい。多くの人手、書類によって管理しようとしているが、完全には管理できない。しかし電子マネーの普及により、また電子マネーを各企業の管理下から国家の管理下におくことにより、政府は経済すなわち通貨の流通をすべて把握し、コントロールできることになる。

つまり、電子マネーの時代になり、資本主義社会の原動力である通貨を、ようやく完全にコントロールできる時代になるのだ。これはいわば資本主義の最大の欠点の克服であり、計画経済が社会主義の専売特許ではなくなる時代の到来ともいえる。資本主義であっても、通貨の完全な管理、そして IT の普及と AI の進化によって、国家が「ゆるやかな計画経済」を実現できる時代がやってくる。

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月19日 at 9:28 PM

資本主義社会の終焉と情報主義社会あるいはデータ主義社会の到来 – 電子マネーが社会を変える(4) – 現金がなくなれば消費税もなくなる

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念のため筆者は経済学者でもなく、銀行や証券会社、政府機関に勤めた経験もなく、単にこの社会を 50年余り生きてきた一市民として考察していることをあらかじめ断っておく。識者からすればまったく的外れなことを書いていると思われるかもしれないが、大きな時代の変革期に、社会がどう変わっていくのかを考えることは誰にとっても意味があることだろう。

消費税という制度は欠陥の多い税制度だ。消費税法では、課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下である者については、課税期間中に消費者から集めた消費税を納める義務を免除する、とされている。つまり、消費者からは「消費税」としてとっておきながら、それを自分のものにしていい、とされているのだ。また今日のネット社会においては消費の在り方が多様化している。個人から個人への消費といえるオークションなどでは消費税の概念が追い付いていない。消費税は不公平な税制だと言われるが、お金を使うことに対して一律に、網羅的に徴収できるなら公平だといえるだろう。よく金持ちより貧乏人に厳しい税制だと言われることがあるが、消費することに対して一律に課税されるわけだから、その意味では公平であろう。

むしろ税制は消費税だけにするべきだ、という意見は傾聴に値する。所得に対して所得税、消費に対して消費税、さらに自動車税やガソリン税など、税制が複雑すぎるところに問題がある。

ところで、消費税の問題、すなわち消費にともなう現金のやりとりが管理できないという問題に対して、もし社会から現金がなくなり、電子決済だけになったとすると、お金のやりとりをすべて電子的に管理できる時代になる。そのとき、恐らく政府は消費税のかわりに「電子マネー税」を導入するだろう。電子マネーによってすべての決済情報が電子的に管理できる。管理できない現金に対する消費税をなくし、電子マネーの利用に対して税金をかける。このことによって国家は完全に経済を管理できることになる。景気が悪くなれば「来月から電子マネー税を減額します」といい、景気が良くなれば「来月から増額します」と言うことができる。食料品や日常生活雑貨などに対する軽減税率も公平にできるかもしれない。

資本主義社会の欠点である景気変動を電子マネーは解決するかもしれない。しかし、あるいは、また別の、新たな問題がおこるかもしれない。その意味でも私たちは大きな社会の変革期に、いま、いるのだ。

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月12日 at 9:27 PM

資本主義社会の終焉と情報主義社会あるいはデータ主義社会の到来 – 電子マネーが社会を変える(3) – 現金がなくなる時代が来る

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念のため筆者は経済学者でもなく、銀行や証券会社、政府機関に勤めた経験もなく、単にこの社会を 50年余り生きてきた一市民として考察していることをあらかじめ断っておく。識者からすればまったく的外れなことを書いていると思われるかもしれないが、大きな時代の変革期に、社会がどう変わっていくのかを考えることは誰にとっても意味があることだろう。

電子マネーが普及することによって利益を享受するのは、電子マネーの運用に直接かかわる企業や電子マネーに紐づいたグループ企業、そして利便性とポイント還元などを享受する消費者、そして、何よりもそれら以上に国家にとって都合がよいと考えられる。というのも電子マネー普及の究極には、この社会から現金がなくなる時代が来ると予想できるからだ。

日常的に現金を必要としない時代はもはやすでに現実のものとなっている。出かけるときにクレジットカードと数枚の電子マネーカードを持っていれば、財布を持って出る必要はない。もはやたいていの支払いはクレジットカードや電子マネーでできる社会になっている。考えてみれば現金というものは不透明なものだ。銀行口座ならば誰がいくら資産があるか客観的に把握することができるが、現金で持っていればわからない。現金には名前が書いていないので、自分の財布の中や自宅の机の引き出しに入っている現金は「自分のもの」だと常識的に言えるだけだ。場合によっては持っていることすら本人が忘れてしまうこともある。机の引き出しの奥にしまい込んだ1万円札を発見して小さな喜びを感じたことがないだろうか。

現金には名前が書いていないということは、人から人へと現金が受け渡されるときの不透明さにもつながっている。誰かが誰かに現金を渡したとしても、そのことは当事者同士にしかわからない。だから「払った」「払ってない」というトラブルがおこることがある。このトラブルを防ぐしくみが領収書だ。重要な支払いに銀行振り込みを利用することは、それが便利な方法であるとともに、支払いを銀行が客観的に証明することにもなっている。

電子マネーを利用することは、人から人へのお金の受け渡し、それが本来の意味での「お金」と言えるかどうかそれすら疑わしくなってくるのだが、それを客観的に透明化することになると同時に、机の中にしまい込まれた1万円札のように「どこにいくらあるかわからない」という現金の不透明性を一掃するところに意味がある。この電子マネーの利点を最大限に享受できるのはおそらく国家であり、現在のように民間企業が独自の電子マネーのシステムを持つのではなく、国家が直接に電子マネーの運用を決定したとき、現金がなくなる時代が来るのだろう。

現金がなくなり、電子マネーやクレジットカードなどによる電子決済社会になると、国家は歴史上はじめて自国の経済を完全にコントロールできる時代になるはずだ。このことをもう少し深く考えてよう。

Written by Yoshio Matsumoto

2018年9月5日 at 9:25 PM