ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」

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プログラミングのできない学者や有識者がプログラミング教育をねじ曲げる – プログラミングの「プ」の字もなかった教科「情報」迷走の轍をふまないために – プログラミング教育の体系化が緊急課題

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念のため、本文はあくまでも現場の一教員による私見であることを断っておく。

2003年から教科「情報」が高等学校ではじまったとき「教科『情報』はコンピュータを教える教科ではない」と声高に叫ばれ、そこで台頭してきたのは「なになに情報教育学会」といった新興のステークホルダーである。それは、長年日本のコンピュータ教育をけん引してきた情報処理学会とは異にした流れの、教育学や認知科学分野の学者や有識者によるものだった。当時の雰囲気は「情報処理は情報教育学の単なる一分野にすぎない」といった論調が主流であった。おそらくボタンの掛け違いはここに始まった。このために情報教育はコンピュータやインターネットを正面からとりあげず、普遍的なメディア論やプレゼンテーションやディベート、調べ学習、問題解決学習、共同学習、さらには道徳のような「情報モラル」に偏り、プログラミングの「プ」の字もなく始まった。

2003年にはじまり15年間の迷走を続けた教科「情報」は、ようやく小学校のプログラミング教育をきっかけに本来の目標に立ち戻ろうとしている。だが問題は、教科「情報」がはじまったときと似た現象、つまりプログラミングのできない学者や有識者がプログラミング教育のステークホルダーに居座り続けようとしていることだ。そのため、たとえば文部科学省の調査研究協力者会議「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」では2016年6月16日に出した「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」にわざわざ「コーディング(プログラミング言語を用いた記述方法)を覚えることがプログラミング教育の目的であるとの誤解が広がりつつあるのではないかとの指摘もある」「時代を超えて普遍的に求められる力としての『プログラミング的思考』などを育むことであり、コーディングを覚えることが目的ではない。」などと書かれている。

めまいがするほどだ。コーディングを覚えずに時代を超えて普遍的に求められる「プログラミング的思考」など身につくなどと本気で思っているのだろうか。

この現状は、おそらく、いわば「外国に行ったことのない学者や有識者が国際理解教育を作ろうとしている」くらいの状況である。

その一方で、主として小学校の現場では、先駆的な教員によって自主的にプログラミング教育の実践が始まっている。子どもたちに扱いやすい教材、わかりやすいカリキュラム、実習をしやすい環境構築を模索している。インターネットを通じた実践交流も活発に行われている。もはや緊急の課題は、初等中等教育を通じたプログラミング教育の体系化である。「プログラミング教育はプログラミングを教えるものではない」などと禅問答をしている場合ではないのだ。

小学校では流れ図に示される構造化、つまり順次構造、反復構造、条件分岐でいいとして、ブロック型プログラミングから始めることがいいだろう。簡単なマイコンボードを使った計測や制御も取り入れるべきだ。ではその次はどうか。中学校では何をするのか、高等学校では何をするのか。

まず何よりもオブジェクト指向を取り上げるべきだ。オブジェクト指向がわからなければ現代プログラミングを理解したことにならない。かく言う私もオブジェクト指向を理解するには時間がかかった。「オブ脳」という言葉があるように、オブジェクト指向は言葉で説明されて理解できるものではなく、例えれば自転車に乗れるようになるようなものだ。子どもが自転車に乗れるようになる瞬間、それは突然やってくる。なんどもなんども失敗を繰り返し、ほんの数センチでさえ動いて倒れる様子を見ていると、はたして本当に乗れる日が来るのだろうかと心配になるが、乗れるようになるのは突然である。そして一度乗れるようになれば、あたりまえのようにすいすいとこげるようになる。

オブジェクト指向を理解するにはオブジェクト指向プログラミングをしなければならない。自分でコードを書き、動かしてはじめてオブジェクト指向は理解できる。「オブジェクト指向はカプセル化、継承、ポリモーフィズム」と暗記するだけでは何の意味もない。なぜプログラミングはオブジェクト指向になったのか、オブジェクト指向の何がいいのか、どこでどうオブジェクト指向を利用すればいいのか、を理解しなければ意味がない。それには言語として C# (C Sharp) がいいと断言できる。かつて BASIC が初心者にとって学びやすい言語であったのと同じくらい C# はオブジェクト指向を学ぶ初心者にとって学びやすい。言語仕様が正確であり、JIS や ISO にも規定されている。ポインタやガーベージコレクションを意識する必要もない。書法は簡潔で美しい。Visual Studio という優れた開発環境もある。

すぐれた自転車教室にはノウハウがあり、一日やれば必ず乗れるようになるプログラムがある。それと同じように、オブジェクト指向も優れたカリキュラムがあれば誰でも理解できるようになる。中学校段階なら必ず理解できる。オブジェクト指向とともに理解しなければならないことは、イベントドリブンである。サーバーサイドプログラミングも中学校では身につけさせたい。Webサービスのインタフェースなどは中学生段階でも理解できるだろう。

コンピュータの抽象化、クラウドコンピューティングは高等学校の内容になるだろう。機械学習や AI、データ処理を通じてイベントドリブンからデータドリブンのプログラミングを学ぶ必要がある。マイコンボードをネットワークにつなぎセンサのデータを集めるIoTからデータベースを学ぶ必要もあるだろう。近い将来クラウドコンピューティングは革命的に転換しそうなので、関数型プログラミングやサーバーレスといった技術がテーマになるだろう。

数年後には小学校でプログラミングの基礎を身につけた子どもたちが中学校へ、そして高等学校へ進学してくる。必要なことはプログラミングのできる学者や有識者が情報教育をけん引し、プログラミング教育を体系化することだ。現場の教員も口を開けて待つのではなく、自己研鑽と教材研究にいますぐ取り組むべきである。

2018年1月12日

松本 吉生(まつもとよしお)
Microsoft MVP Data Platform

1961年京都に生まれ、神戸で幼少期を過ごす。大学で応用化学を学んだのち、理科教諭として高等学校に勤務する。教育の情報化が進む中で校内ネットワークの構築運用に従事し、兵庫県立明石高等学校で文部科学省の「光ファイバー網による学校ネットワーク活用方法研究開発事業」に携わる。兵庫県立西宮香風高等学校では多部制単位制の複雑な教育システムを管理する学籍管理データベースシステムをSQL ServerとInfoPath、AccessなどのOfficeソフトウエアによるOBA開発で構築・運用する。現在は兵庫県立神戸工業高等学校でC#プログラミング、IoTなどのコンピュータ教育を行う。2004年からマイクロソフトMVP(Microsoft Most Valuable Professional)を受賞し、現在14回目の連続受賞。2016年にマイクロソフト認定教育者(Microsoft Innovative Educator Experts : MIEE)を受賞し、現在3回目の連続受賞。

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プログラミング教育の目標はプログラミングを学びながらプログラミング思考を身につけることである。 – 教科「情報」迷走の轍をふまないために

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西暦2000年の政府の「ミレニアムプロジェクト」の「教育の情報化」を受けて新しい学習指導要領で高等学校に教科「情報」が導入されようとしたとき、しきりに「教科『情報』はコンピュータを教えるものではない」という声があった。情報はコンピュータやインターネットを通じてだけで流通するものではないから、テレビやラジオ、新聞などのメディアを総体として取り上げるべきだ、というのである。また「情報」はコミュニケーションであり表現活動であるから、プレゼンテーションやディベートなどを取り上げるべきだ、とか情報モラルこそ重要だと声高に騒がれ「相手の気持ちになってメールを書きましょう」といった道徳のような授業が行われるといった迷走が長く続いた。

当時から俺の考えはこうだ。もしテレビやラジオ、新聞のようなメディア一般を学ぶ必要があるなら、それは1960年代に行うべきだった。21世紀に情報教育を行うなら、それは紛うことなく「コンピュータとインターネット」を正面から取り上げるべきである。しかしようやく、教科「情報」が実施された2003年からから15年を経て「プログラミング教育」が日の目を浴びることになった。感無量である。

だが、ここにきてまた本質から目を背けようとする意見を目にするようになる。「プログラミング教育はプログラミングを学ぶものではない」といった論調だ。いったいこれは何だろう。プログラミングを学ばずに何をどうしようと言うのだろう。他の教科でこの意見をまねてみればおかしなことがすぐわかる。「数学教育は数学を学ぶものではない」「英語教育は英語を学ぶものではない」「国語教育は国語を学ぶものではない」と。これらの意見は空論である。

もう少しひねった言い方では、こんなものもある。「プログラミング教育はプログラミングを学ぶのではなくプログラミング的思考を養うものである。」と。だがこれも意味がない。プログラミングをせずにプログラミング的思考が身につくはずがない。計算せずに数学的思考を養うことはできないし、文章を読んだり書いたりせずに国語的思考を養うことはできない。

なぜこのようにプログラミングを斜めからしか見ない意見が出てくるかといえば、それは教科「情報」が始まったときにコンピュータやインターネットから目を背けようとした流れと同じである。つまりプログラミング教育を含めた広い意味での日本の情報教育について主導権をとろうとしている学者や有識者の多くがプログラミングを知らないからだ。また現場の教員もプログラミングの知識や技術がなく、教育行政も教員のプログラミング力の底上げ責任を放棄して教員の自主性にまかせているだけだからだ。

そもそも、なぜプログラミング教育が必要なのか。それは現代の高度情報通信社会においてプログラミングは価値を生むものだからだ。プログラミングによって新しい価値を生み、私たちの社会は豊かになる。狭い意味では国際競争力をつけて日本が発展し続けるためであり、普遍的には世界の人々がより豊かになるための知識や技術であるからだ。だからプログラミング教育が必要なのだ。したがって、もし仮にこのようなことがあり得るとして、プログラミング的思考が身に着いたが実際のプログラミングができない、といった教育をしても意味がない。

誰もがプログラマーになるわけではない、という意見もあるが、しかし誰もが数学者になるわけではなく翻訳者になるわけではないが、数学や英語は必修科目である。考えてみよう。30年前にパソコンがこれだけ社会に広く普及することを想像できただろうか。30年前、俺が中学生だったころはパソコンは物好きのおもちゃだった。25年前、俺が就職したころは学校にパソコンが導入されはじめたころで、表計算ソフトを使うことが特殊技能だった。20年前、パソコン通信をやるのは一部のマニアであり、パソコンをインターネットにつなぐのは素人にはできなかった。15年前にはWi-Fiやルーターの設置などは一般の人には見当もつかない作業だっただろう。10年前には表計算ソフトで簡単なマクロを作って自動処理することくらいは普通の事務処理になった。今はどうだ。パソコンは使えません、表計算ソフトはわかりません、コンピュータをインターネットにどうやってつなぐのですか、などでは仕事にならないだろう。

現代プログラミングを知らない人間がアルゴリズムを語ると、たいて流れ図を使った構造化プログラミングの説明で終わってしまう。つまり、順次構造、反復構造、条件分岐、である。もちろんこれはプログラミング的思考の基礎ではあるが、たとえて言えば数学で加減乗除を教える程度のことである。現代プログラミングにおいては「オブジェクト指向」や「イベントドリブン」を理解しなければ話にならない。今後はクラウドコンピューティングの革命により「サーバーレス」と「関数型言語」、そして「データドリブン」の考え方が必要になる。

小学校の教員を中心に、草の根的にプログラミング教育の実践が積み上げられていること、それも急速にすすんでいることが救いである。これら実践を重ねている先生方は日本のプログラミング教育の希望の星といえる。子どもたちが目を輝かし、楽しみながらプログラミング経験を積み重ねている。高等学校の教員は、この子供たちが数年後に高等学校へ進学したときに、どのようなプログラミング教育をしなければならないのか、今から考え実践を始めなければならない。「プログラミングを教えるのではない」などという甘言に弄されずに。

2018年1月11日

松本 吉生(まつもとよしお)
Microsoft MVP Data Platform

1961年京都に生まれ、神戸で幼少期を過ごす。大学で応用化学を学んだのち、理科教諭として高等学校に勤務する。教育の情報化が進む中で校内ネットワークの構築運用に従事し、兵庫県立明石高等学校で文部科学省の「光ファイバー網による学校ネットワーク活用方法研究開発事業」に携わる。兵庫県立西宮香風高等学校では多部制単位制の複雑な教育システムを管理する学籍管理データベースシステムをSQL ServerとInfoPath、AccessなどのOfficeソフトウエアによるOBA開発で構築・運用する。現在は兵庫県立神戸工業高等学校でC#プログラミング、IoTなどのコンピュータ教育を行う。2004年からマイクロソフトMVP(Microsoft Most Valuable Professional)を受賞し、現在14回目の連続受賞。2016年にマイクロソフト認定教育者(Microsoft Innovative Educator Experts : MIEE)を受賞し、現在3回目の連続受賞。

情報システムは内製することにより果実を得ることができる – 価値を生み出すのは「人」である

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情報システムは外注せず内製してこそ意味がある。その根本的な理由は、価値は人が生み出すものだからだ、ということだ。多くの組織はこのことを忘れ、人が生み出す価値を得ることなく金で解決しようとする。

先日こんな話を聞いた。知人が務める企業の顧客向けシステム、それは Web ベースのシステムで外注によって作られたものだが、元号が変わることで対応が必要となり、おおむね1億円の費用が必要だと言われているらしい。もしあなたが経営者だとして、この経費についてどのように考えるだろうか。払うのはあなただ。この経費が妥当なものか判断しなければならない。相手は誠実に正しい見積もりを提示しているのか、それとも足元をみてふっかけているのか。あるいはこの際、システムを別の業者に変えて作り直すことが良いのか。判断の材料は何だろう。自分に判断の材料がないならコンサルタントにアドバイスを求めるだろうか。俺ならこう思う。いまどき元号の変更に対応できないシステムは糞だ。よほどぼんくらなエンジニアでなければ、一瞬で新元号に対応できるように最初からシステムを作っているはずだ。ではなぜ1億円などという値をふっかけてきたのか。その業者は金を出せる顧客から取り、それを資金としてシステムの抜本的再構築を狙っているのだろう。そして他の顧客にはそこそこの値段で利用させる。システムを開発するには資金が必要だが、一度開発したシステムは売れば売るほどもうかる仕掛けになっている。ソフトウエアとはそういうものだ。

もうひとつの話がある。プログラマーを養成する学校の経営者とディスカッションしたときのことだ。日本では情報システムは外注することが多いが、欧米では外注がなくなりつつあり、およそ80%は内製によって運用されているらしい。そこで学校のプログラマーの養成カリキュラムも今後はシステムを売るSI屋向けではなく内製技術者として養成するものに変えていこうと考えている。なぜ情報システムが外注から内製に変わっているかというと、今の時代は情報システム自体が企業の根幹をなし価値を生むものであるから、外注することは価値を流出させてしまうという発想があるという。欧米では情報システムの80%が内製である、ということが事実かどうか俺に判断はできないが、情報システムは価値を生むものであるという視点は疑いようのない事実だ。

これらの話から得られる教訓は、プログラミングによって得られる果実を我が物にすることができるのは誰かということになる。改めていうまでもなく、優れた情報システムは大きな価値を生む。業務の流れを整理し、自動化し、間違いをなくし、定型業務を軽減して人のクリエイティブな時間を増やすことができる。さらに新しい発想で事業を行い、今までにないビジネスモデルを生み出すこともできる。そして情報システムを作るのはコンピュータではなくプログラマーだということだ。価値を生み出すのは人である。

システムを外注するということは、価値を生み出すプログラマーが外注先のシステム会社にいる。したがってプログラマーが生み出す果実を得るのはシステム会社だ。しかしシステムを内製すれば、プログラマーは社内にいることになり、果実を得るのは自社である。要するに、価値を生み出す人間を擁することが会社の発展につながるという極めて単純な構造である。ただ難しいのは、いまは多くの経営者にとってプログラミングとは何かがわからないために、プログラミングは特殊な能力を持つ天才にしかできないことだと思われたり、優れたプログラマーを雇うことの意味がわからないことだ。だからこそ、明日を担うすべての子供たちに質の高いプログラミング教育をしなければならない。日本の社会を担うあらゆる階層のリーダーがプログラミングについての知識を持たなければ、ハイエナのような反日外資に価値をさらわれ続ける暗黒の未来が待っている。

2017年12月27日

松本 吉生(まつもとよしお)
Microsoft MVP Data Platform

1961年京都に生まれ、神戸で幼少期を過ごす。大学で応用化学を学んだのち、理科教諭として高等学校に勤務する。教育の情報化が進む中で校内ネットワークの構築運用に従事し、兵庫県立明石高等学校で文部科学省の「光ファイバー網による学校ネットワーク活用方法研究開発事業」に携わる。兵庫県立西宮香風高等学校では多部制単位制の複雑な教育システムを管理する学籍管理データベースシステムをSQL ServerとInfoPath、AccessなどのOfficeソフトウエアによるOBA開発で構築・運用する。現在は兵庫県立神戸工業高等学校でC#プログラミング、IoTなどのコンピュータ教育を行う。2004年からマイクロソフトMVP(Microsoft Most Valuable Professional)を受賞し、現在14回目の連続受賞。2016年にマイクロソフト認定教育者(Microsoft Innovative Educator Experts : MIEE)を受賞。

わが父、松本昌三。その1。阪急十三駅の駅そば。

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父の一周忌が近づいた。だが俺はあまり「誕生日」だとか「命日」だとか記念日を意識しない。父はいつも俺の心の中にいる。小さなエピソードを思い出し、父との思い出にふける。

父は大学を出てから大阪の図書館に司書として勤めた。大阪市立天王寺図書館だ。その当時、家は京都の太秦にあったので、父は京福電鉄と阪急電車、そして大阪市営地下鉄に乗って天王寺まで通っていた。仕事の話はあまりしない父だったが、失明して転職をせざるを得なかったことから、悩みや苦労が多かったことだろう。

おそらく父は、通勤途中の十三で、この駅そばを食べることを小さな楽しみにしていたのだろう。確かまだ家が京都にあった頃だったから、俺が小学生の下級生だった頃だと思うが、父と何かの折に出かけたとき、阪急十三駅の駅そばを食べたことを思い出す。いまでこそあちこちの駅に駅そば屋が出ているが、当時はこのような駅そばは、まだ珍しかったように記憶する。

そのころ俺はまだ小さかったので、カウンターの下にある荷物置きの棚でそばを食べた記憶がある。背が足りなかったからだ。熱いそばは子供にはむかなかったので、ざるそばを注文してもらった。うまかった。

いまでも十三を経由して出かけるときは、時間がある限りここでそばを食べる。わが息子も、いつか一緒に。

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Written by Yoshio Matsumoto

2017年6月17日 at 3:15 午後

インターネットは「知の戦国時代」の到来

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インターネットが本格的に普及する頃から、これは「知の戦国時代」が到来するだろう、と予感していたが、まさに今、そうなりつつある。

織田信長はもともと大名家の出身で、室町幕府を滅ぼして天下を統一したが、その家臣で後に政権を掌握する豊臣秀吉は、はっきりしてはいないようだが足軽、または農民の出身であったらしい。「戦国時代」という比喩は、その氏素性にかかわらず実力のある者が実権を勝ち取っていく時代、という意味で使っている。

インターネットの普及以前は、「知」というものは一定の専門家や組織が発するものであって、多くの者はそれを受け取るだけだった。「知」を発信するのは、たとえば特定の分野について継続的に研究する「学者」や「研究者」、職業生活や人生の中で得たものをまとめる「経験者」、事件や事故、社会情勢などを調べてまとめる「報道者」、などだ。ちなみに近年は「タレント」がやたらに情報発信しているように思うが、これは「知」の分類には含めないので考慮しない。

もちろん民主主義の社会であるから、インターネットの普及以前でも発信された「知」に対して異論を唱えたり、反論することはできなくはない。しかしそれには自ら学者になって長年研究を続けて論文を発表するとか、職業生活の中で実践して正しさを証明するとか、あるいは同じ考えの人間を集めて組織し行動をおこすなど、たいへん面倒なことだった。しかしインターネットの普及により、誰もが自分の「知」を学者や研究者、経験者と同じように発表できるようになった。うまくやれば「マスコミ」と同じほど、場合によってはそれ以上に影響力を持つ情報発信ができる時代になった。

さらに最近は、発信された情報に対して、誰もがリアルタイムで批判できるシステムが成熟しつつある。たとえばFacebookやtwitterでは、公開された情報に対してコメントを付ければ、それが集約されて閲覧できるようになる。また記事の公開システム自体にコメントを受け付けたりFacebookのコメントを集約して表示する機能がある。そこでは専門家の投稿記事に対して、素人が(そう見えるだけかもしれないが)正面から批判したりしている。

これは直感的なものだが、ある記事に対して多くの素人が(そう見えるだけかもしれないが)コメントをしている場というものは、賛同か批判かのどちらかに偏っているように思える。それは単に記事を書いた人にインターネット上のファンが多いからかも知れないし、元の記事の質が悪いために批判が多いのかもしれないし、あるいは「その通りだ」と思った人は腑に落ちるだけでコメントする動機にならないからかもしれない。野次馬や付和雷同だけかもしれない。

誰もが自由に意見を発表し、多くの人に傾聴されることは、もちろん悪いはずがない。しかし「知」というものは、その背後に幅広い知識や視野、経験の裏付けがあってこそ真の価値がある。よく目につくのは政治家の発言に対しての批判だが、本当に国際政治を理解して発言している素人(そう見えるだけかもしれないが)がどれほどいるのだろうと思う。これまでの一方通行だった情報発信の時代に終止符を打ち、だれもが情報発信でき「知」が短期間で洗練されることをインターネットは実現したが、その負の面も意識しておかなければならない時代になった。

戦国時代、戦で功績をあげた者が必ずしも優れた統治者になれるとは限らないように、素人(そう見えるだけかもしれないが)が専門家に対してリアルタイムに臆することなく批判を投げかけることができる現在の「知の戦国時代」も、いずれは「安土桃山時代」から「江戸時代」に至るように、一定の安定した統治時代に至るのだろうか。それは誰にもわからない。それが良いことなのか悪いことなのかも。

補足:ちなみにbingで「知の戦国時代」と検索しても現時点でヒットしないので、この言葉はインターネット上でこのページが発祥となるだろうと期待している。

Written by Yoshio Matsumoto

2015年9月3日 at 10:39 午前

カテゴリー: 雑感, 情報教育

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雑感 – 子どもを本好きにする方法 – 渡すときにはプレゼント包装で

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「よく本を読む子になってほしい」とたいていの親は思うだろう。昔と違って様々なメディアから情報を受け取ることができる今日ではあるが、「テレビを見る子になってほしい」とは思わない。これほどのマルチメディア時代になっても、本を読めることには価値がある。それは本を読むには熟練と努力が必要であること、文字情報は知的生産性が高いこと、そしておそらく小さいころから文字情報の入出力を経験することで脳が早いうちから活性化することが考えられる。現代社会においても多くの知的活動は文字情報を媒介して行われる。本を読むことが得意であるかないかは、その子の人生に大きく影響を与えるだろう。そのことを知っているから親は「よく本を読む子になってほしい」と思うのだ。

子どもを本好きにするか否かは親の考え次第である。そしてそれは0歳からの家庭教育の問題だ。小学校に行くようになってから「うちの子は本を読まなくて困っています先生なんとかしてください」と言ってもはじまらない。まず親自身が本好きでなければならない。自分が本を読まずに子どもに本を読めと言っても伝わらない。本が好きでないと本の読み聞かせも億劫になり、楽しくない気持ちは子どもに伝わる。親が本好きなら自然と子どもを本好きにする行動がとれるのだが、そうでなくてもやる気があれば努力次第だ。

どうすれば自分の子どもが本好きに育ってくれるか。まずはなんといっても0歳からの絵本の読み聞かせである。ある程度大きくなると、絵本の読み聞かせと同時に子供の手の届くところにの絵本を置き、いつでも手に取ってよめるようにしておく。自分で文字は読めなくても、絵を見て楽しむことを定着させる。おそらくこの頃の子どもは、絵を見ながら読み聞かせられたストーリーを頭の中で再現しているはずだ。つまり、文字は読めなくても間接的な読書をしているのだ。この頃に与える本は、投げられたり破られたり、またはなめられたり食べられたりして痛んでいくが、それでかまわない。本が傷むだけ子どもは本に接したのだと思おう。

子どもが小さいうちは居間のテレビをつけてはいけない。テレビは刺激の強いメディアで強制力があるから、テレビがついていればまず子供は絵本に手をのばさないだろう。子どもがおもちゃで遊ぶのと同じように本と戯れ、子どもが手にした本を読んであげる。本を媒介とした親子の時間ができる。

絵本を開きながら読み聞かせをするときは、ゆっくりと心を込めて読もう。まだ文字を覚えていない子供でも、実は読み聞かせのときには絵と同時に文字も目で追っている。文字に興味を持ったことが感じられたら、子どもの目線を観察してみるといい。次第にちゃんと文字を正しく目で追えるようになっていく。この頃にはとくにゆっくりと読んであげよう。

絵本を読む習慣がついたら、仕事帰りに絵本を買って帰ろう。この絵本は必ずプレゼント包装にする。「絵本を買ってきたよ」ではなくて「プレゼントだよ」と渡すのだ。そしてこの最初のプレゼントは必ず子供の心に残るものでなければならない。まちがいなく子供が喜ぶ、そして良書を選ぶための時間を惜しんではいけない。誰かに勧められたとかAmazonのカスタマー評が良いとかで選んではならない。必ず大きな書店に何度も足をはこび、いくつもの本を手に取って自分で読み、時間をかけて選ばなければいけない。それはたとえば子どもに本を渡すとき「これどんなお話?」と聞かれてストーリーを魅力的に語れるくらいになっていなければならない。

本をプレゼント包装で渡し、ていねいに読み聞かせ、子どもの手元にいつでも本を置き、テレビをつけず本を読める環境を整える。よい本を何度かプレゼントすると、子どもは次を楽しみに待つようになる。「パパ、今日はプレゼントある?」と聞いてくるようになる。あとは子どもが自分で読書体験を切り開いていくだろう。

Written by Yoshio Matsumoto

2012年7月21日 at 11:37 午前

読書 – T・J・マグレガーが面白い。クィン・アンド・マクレアリシリーズの最初の3巻は一気に読むべきだ。

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通勤時間が長いので、その時間をいかに有意義に使うかが俺にとっての大きな課題だ。片道1時間半、往復で3時間ともなると、一日24時間のうち睡眠時間が8時間、勤務時間が8時間、食事や風呂など生活時間をさっぴくとして、自分の時間として自由に使える時間のうちでこの3時間をいかに有意義に過ごすかがいかに重要なことかがわかるだろう。

かつては図書館司書であった親父譲り。俺は子供の頃からの本好きだ。とりわけ小学校の4年生から一家転住で転校をし、友達関係がリセットされるとともに級友の中でもいちばん学校から遠い家から通うことになった俺は、このことで本好きが高じるようになったと自己分析している。学校帰りに歩きながら文庫本を読む姿がまるで二宮金次郎のように見えたのか、「えらいわね」と近所のおばさんたちに言われたことを思い出すが、読んでいたのはSFか推理小説だった。

だがしかし趣味の読書であっても本を読むのはいいことだ。数多くの言葉に触れ、語彙が豊富になる。言語表現の世界が豊かになる。社会人になっても本を読むことが早いこと、文章を書くことが苦にならないことは、子供の頃の読書体験のためだと思う。報告書、企画書、提案書、稟議書。知的労働者には文字を読み、書くことが求められるのだ。

社会人になってパソコンの解説書や仕事に関係する書籍を読むことはあっても、小説など趣味としての読書からは遠ざかっていたが、電子ブックのおかげで近年は再び読書体験が豊かになっている。今は通勤時にKindleとNOOKを両方持ち、同じ書籍を両方で読めるようにしている。明るいうちは歩きながら、あるいは電車の中ではE-inkのKindleで読み、暗いところではNOOKで読む。家を出てから職場に着くまで、職場を出てから家に着くまで2台の電子ブックを使い分ければフルに時間を読書に使うことができる。おおむね俺は文庫本で100ページを1時間で読めるので、一日の通勤時間3時間をフルに使うと600ページくらいの小説なら2日で読めることになる。ちなみに文庫本の600ページはかなり厚い本だ。

ところで前置きが長くなったが、最近読んだ本の中で特に面白かったのがこのT・J・マグレガー(Trish Janeshutz Macgregor)だ。T・J・マグレガーは1950年生まれのアメリカ人女性作家。いくつかの職を経て小説家になり、1985年に作家デビューした。私立探偵のクィンとマクレアリが活躍するシリーズの第一作「闇に抱かれた女 Dark Fields」は1986年に発表され、第二作「銀幕に踊る死 Kill Flash」は1987年に、第三作「蜜のような殺意 Death Sweet」は1988年に発表された。

この3作品はそれぞれ別個の物語だが、ともに主人公はクィンとマクレアリのコンビである。第一作の冒頭ではクィンとマクレアリは赤の他人だ。その二人が事件をきっかけに出会い、最初は反目し合っていた二人が次第に心を惹かれていく。事件を解決するというサスペンス仕立ての物語に、二人の生き方が重ねあわされる。 作者が女性だということもあるのだろう、マクレアリに対するクィンの気持ち、女性の心がとても丁寧に描かれている。男にとってこのクィンという女性は扱いにくいように思えるが、男というものはそういう扱いにくい女性に結局は惹かれてしまうのだな、ということも考えさせられて面白い。

第一作から第二作、第三作へと次第に事件のスケールが大きくなっていき、クィンとマクレアリの関係も次第に深く描かれていく。まるで「三部作」のようである。読むならこの三冊は、一気に読み通すといい。この「クィン・アンド・マクレアリ」シリーズはこの後も続くので、先を楽しみにしている。

Written by Yoshio Matsumoto

2012年7月21日 at 9:43 午前